わくら屋

和倉稜の小説

テュロの選定(さなコン 一次選考通過作品)

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。
 どの日にわたしが眠りにつくのかは、決まっていない。テュロの気まぐれ次第、今日かもしれない。
 ――玲ちゃんより先に選ばれれば、独りの時間を過ごさなくていいんだけど――
 わたしは優より後でも先でも構わない。コールドスリープなんて一晩寝て、起きるような感覚だろう。またすぐに会える。優が先に選ばれてもほんの数日だけのこと。ぎりぎりまで一緒に居なくてもいい。
 授業はない。テュロに呼ばれるためだけに学校へ行く。姿見に髪の乱れたわたしが映る。手櫛で撫でつける。重い玄関扉を肩で押し開ける。隙間から朝日が差し込み、眼を刺激した。天気雨は続いている。アスファルトの匂い、と名がつくと嫌いなはずの黴や埃の臭いが何故か好ましい。
 父は二日前、母は昨日、眼を閉じたらしい。行ってきますと家を出たきりなので詳細は分からない。今朝から家にはわたし一人。テュロの判断とはいえ、どうせなら小学生以下に限らず、家族はまとめて眠らせてくれてもいいのに。
 残り七日で全人類は一度眠りにつく。宇宙船ラメラの乗船者一万人を除いて。世界は幕を下ろし、次の開演を待つ。樹とはもう会えない。眼を開けた未来には樹の子孫がいるのだろうか? ラメラが惑星ベシクルから浄化環境を持ち帰るまで、滞在を含めて二百年とテュロは試算している。七世代くらいか、随分と樹は薄れている。
 赤い傘が目線の先に浮かぶ。わたしより頭一つ小さい。傘は上下運動を繰り返している。行き交う制服姿の一つ一つを確かめているためだと分かる。こそばゆさが、頬を赤く染める。彼女に確実に見つけて貰えるように歩く速度を緩めた。
「玲ちゃん、おはよう」
 丸みを帯びた優の声が響く。他人が呼ぶ【レイ】の響きは温度が低い。わたしは合わせて冷静に振る舞う。優の【レイ】は温かい。わたしは優しくなるし、傍に寄りたくなる。
「おはよう、優。昨日は眠れた?」
 小雨が腕を濡らすことを厭わず、優の頬に手を伸ばす。親指で青くくすんだ隈をなぞる。昨日より面積が増した印象を受ける。優は肯定の代わりに顎を傾けて微笑む。
「樹、今は火星辺りかな。テュロ?」
 わたしたちは三人で居た。きっと優のことが好きなのだろうけど、わたしのことが好きなはずだと優は譲らない。樹に聞いてみると眉根を下げた。
『宇宙船ラメラは十二分前に太陽系を抜けました。このままケンタウルス座アルファ星までは亜光速、以降は光速に達します』
 テュロの声はわたしと優、それぞれの傘の天辺から同時に放たれる。雨音で囲まれた傘の下、テュロの声はよく届いた。
 下駄箱のデジタルネームプレートの二割は役目を終えて暗転している。あと一時間もしないうちに一割が加わる。
「塗る? 隈と、顎にニキビ出来てる」
 優は首を小刻みに縦に振る。わたしのコンシーラーが優の隈と赤い小丘を覆い隠す。優は手鏡を見ながら真っ直ぐと進んでいく。小さい頃、背泳ぎでコースアウトばかりしていた優の姿が不意に蘇り、可笑しかった。戻ってきたコンシーラーを押し返す。
「わたしはもう使わないだろうから、あげる」
 コスメの貸し借りは本来苦手だ。皮脂も垢も菌も、わたしの一部だった残滓が、他人に移るだなんて、おぞましい。不思議と優だけは平気だった。
 ふと思う。樹なら? 付き合うなんてことが起きていたなら、わたしの残滓と彼の残滓は度々交換される。出来るようにも出来ないようにも思えた。金輪際会うことはない。ため息をつく。
「玲ちゃん、わたし結構重要な事に気づいてしまった」
 教室の扉が眼前に迫っているというのに、優はぴたりと足を止める。クラスメイトが溜まる。優の腕を引き、一歩脇に避ける。
「ニキビって、コールドスリープに入ると消えるの?」
 眉根を寄せて近づいてくる。意図せず笑い声が洩れる。
「知らないよ。一緒に眠るんじゃないの?」
「うそ。起きたらまだニキビがあるってこと? 二百年もアクネ菌と一緒に居たくない。テュロ、わたしは治った後にして」
 顎をつまむ優のスマートフォンが着信を告げる。
コールドスリープに入る順序は個人の心身状態、ならびに地域ごとの偏りが無いように選定されます。ニキビの完治は選定条件ではありません』
 困る、と騒ぎ立てる優を教室に押し込む。わたしたち以外のクラスメイト十二人は教室に揃っていた。仲の良いグループ単位でまとまっているが、一人ないし二人は欠けている。優と扉近くの席に座る。担任教師は二日前に眠りについた。校内スピーカーからテュロの声が降り注ぎ、告げる。胸を撫で下ろす優の後方から、眠りにつく友を励ます声が聞こえた。

「おはようございます。世界の終わりまであと五日になりました」
 天気雨は続く。赤い傘は今日も私を待っている。テュロの宣告で世界は半分になった。あんなに騒がしかった世の中が静まり返っている。音は全ての人類が起きていた頃の半分よりも少なかった。わたしたちは静けさを産まねばならない使命感に駆られている。学校から徒歩七分の人気カフェはいまや閑散としていた。時間を持て余しているはずの人々は、惰性に消費することはせずに自宅でじっと宣告を待つ日々を送っている。わたしと優は呑気だったけど、店主も同じだった。
 ドアベルが鈍い音を立てる。店主が物珍しそうに眺め、わたしたちを客と認識すると口角を上げた。ブラウンボブと同じ色の瞳をして魅力的だった。三つあるテーブル席の一つに促される。小さな先客がテーブルの上で頭を下げて休んでいる。
「テュロ」
 優の声に反応しロボットは眼を緑色に光らせる。世界の至る所にテュロの依り代は存在する。人類を助け、監視する。誰もがテュロを正解とする。ひいおばあちゃんが生きていた頃、テュロは居なかったらしい。テュロが居ない時代の人々はコールドスリープしろというテュロの指示に従うだろうか? 分からない。わたしたちはテュロが正しいと知っている。
 ロボットにテュロが宿る。手招きをする。可愛らしい容貌は、音声だけのテュロより身近に感じる。侵食されそうで嫌いだと言えば誰もが眼を丸くするだろう。わたしだけの秘密だ。優はロボットの頭を撫でてはしゃぐ。わたしは鼻に皺を寄せ、椅子に座る。
 アールグレイと天気雨は似合わない。氷は音を立て、身を小さくしながら優のアイスコーヒーを薄めていった。優はテュロとしりとりを繰り返し、全敗している。
「あと五日経ったら、テュロはひとりぼっちだね。寂しくないの?」
『私に寂しいという感情はありません。人類の繁栄に最適な判断を下したのみです。人の不在や二百年という時間の経過に伴う感情の生成は起こりえません』
 優は薄まったコーヒーで喉を濡らす。
「可愛らしい見た目なのに、もったいない。わたしはテュロと遊べて楽しいよ。ほら見て。このニキビ、二百年一緒だなんて可哀想でしょう?」
『可哀想かは理解出来ません。おそらく次の質問の答えかと推察しますが、ニキビの完治とコールドスリープの順序は紐付けられておりません』
 優はわざとらしく頬を膨らませる。
「テュロ相手じゃつまんない」
「十分満喫してる。作戦失敗だね」
 優がはにかむ。つられて口元が緩んだ。慌ててザッハトルテを頬張る。あんずジャムの酸味が広がる。
 会話に間ができる。樹のための時間。わたしたちは三人のテンポで丁度いい。
「テュロ、樹と会話出来ないの?」
『ラメラは既に太陽系の遥か外側を光速で進んでいます。現存の通信機器ではリアルタイムに電波を往復させることが出来ません。ラメラが惑星ベシクル到着後にメッセージを届ける事は可能ですが、樹はおそらく生きてはいないでしょう』
 会話に合わせて短い手はテンポよく振られ、眼は緑色の点滅を繰り返す。
「なんで樹はラメラに乗ったんだろう? 玲ちゃんを置いて行くなんて」
『ラメラの乗船者は長い宇宙航海やベシクルでの船外作業に適した遺伝子を有する人々を私が選定しました。人類を救う、重要な役割を担って――』
「でも、断ることも出来た」
『……おっしゃる通りです。しかしながら樹は乗船に快諾しました』
 ラメラに乗らなければ、三人ともに同じ時間を歩むことが出来た。強く、優しい人だ。それでも自ら率先して英雄になろうなんて思う人じゃない。不特定多数の人類を救うよりも、身近な友に手を差し伸べずにはいられない人だ。
「ラメラには色んな植物や動物も乗せたよね? だったら代わりにわたしたちを乗せてくれても良かったのにな」
 ストローがずずと震える音を立てる。グラスからはコーヒーが無くなっていた。まだショートケーキは丸ごと残っている。何度伝えても、優は一つずつ片付ける。
『机上計算では地球とベシクルの環境融和性は高く、浄化環境を持ち帰る行為に危険性は低いと出ています。しかしゼロではありません。動植物は現地で予め適応処理を施して帰還した方が良いでしょう』
 小さな頭をペコリと下げる。手も横に広がり可愛らしい。開発者か、テュロの自己判断か、誰が出力させた動きなのだろうか? 成長途中の、他者の存在を意識し始めた子供のように人間めいていた。受肉したテュロをやはりわたしは受けつけない。

「おはようございます。世界の終わりまであと三日になりました」
 音も色もない世界、優はもう居ない。重りのような脚を引き摺る。死刑宣告、ではなく未来への生存宣告を受けるためだけに移動する。テュロの指示に従うべきと納得しているものの、言語化出来ない漠とした不安が付きまとう。
『玲ちゃん、またね。さようなら』
 昨日、優は短いメッセージだけをテュロに託して眠りについた。ニキビの行方は知らない。さようなら、締めの言葉が余韻となってわたしに絡み、締め付ける。
「わたしは、いつなの?」
 腕時計からテュロの声が漏れる。今の世に独り言は成立しない。
コールドスリープに入る順序は個人の心身状態、ならびに――』
「分かってるから黙って」
 今日も選ばれる事はなかった。残り三割。生徒は散り散りに帰っていく。派閥は維持されず、かといって残り三日で慣れ親しむつもりはないらしい。明日眠るかもしれないのだ。テュロの選定はバランスが取れていて、誰に対しても無慈悲だった。
 町を歩く。カフェの扉には【CLOSED】の札が掛けられている。茶色い瞳の店主はカフェの夢を見ているだろうか。世界は再起動に向けて、束の間のシャットダウンに入り始めた。他者との繋がりは分断され、テュロとの対話だけが全てになった。テュロだけが誰しもと繋がっている。
「なんで優は、さようならなんて言ったの?」
『優は並行して「またね」とも告げています。【またね】と【さようなら】は頻繁に組み合わされる単語です。一時的に離れる事に対して、さようならと述べただけだと推察されます』
 どこかでアルミ缶が自動販売機を叩く音が響いた。選ぶ言葉の順序に意味がないとは思わない。
「優はどこにいるの?」
『地下深くということだけお伝えします。特定の位置を伝えることは出来ません』
 腕時計をむしり取り、電源を落とす。ほんの一週間前までは、ただの高校生だった。絶対的にはなんら変わるところはない。しかし相対的に残っている人類という希少性が付与される。結果、テュロとの会話が増えた。これまで意識もしなかった人工知能に今や感情も知性も依存している。慄える。残りの日数でわたしは変わってしまうかもしれない。二百年後、優に対して同じわたしで接することが出来るだろうか? 樹の子孫と出会うことに喜びを見出だせるだろうか。
「優の声が聞きたい」
『玲ちゃん、またね。さようなら』
「うるさい」
 テュロと世界の境界線は無数に有る。塞いでも、繋がりを断つことは叶わない。
『……樹のメッセージをお聞きになりますか?』
 突如テュロによってもたらされた言葉は短かった。
『玲、顔も見せずに突然出発してすまない。またな』

「おはようございます。世界の終わりまであと一日になりました。これまでありがとうございました。またお会い出来ますことを楽しみにしております」
 アナウンサーはまっすぐなお辞儀をした。
 樹と一生会う事はない。またな、などと軽率なことを言って欲しくなかった。宙へ放ったクッションが顔に落ちる。鼻がじんじんと痛む。
『玲、登校の時間です』
「一昨日の樹のメッセージはなに?」
『樹が地球を発つ時、玲へのメッセージとして受け取りました』
「だったら、なんでせめて優を眠らせる前に聞かせてくれなかったの?」
『合理的判断をもって、一昨日お伝えすることが良いと判断しました』
「合理的判断ってなに?」
 拳を振り回す。空を切る。テュロがどこから声を出しているか分からない。代わりに壁を打つ。
『もう一度、再生します』
 テレビのスピーカーから放たれた樹の声が部屋を満たす。
『玲、顔も見せずに突然出発してすまない。またな』
 違和感を覚える。
「もう一回」
『玲、顔も見せずに突然出発してすまない。またな』
 またな? 違う。玲、玲、ここだ。なんで?
「優の名前は?」
『……私には樹の意図を知り得ません』
 答えを探しあぐねている様な間だった。
「テュロが、優を気遣った?」
「いいえ。私は人類が生存するための合理的判断を下すのみです。事前に優に伝えることで、彼女が悲しみの果てに死を選んだとする。ただの損失でしかありません」
 テュロの判断を合理的と呼ぶのか、優しさと呼ぶのか分からなかった。強いて言うならば、部屋を出てやってもいいと思えた。珍しく雨は降っていなかった。陽光が棘のように頬を刺す。虹を見つける。地球とベシクルを繋ぐ橋ではないことは確かだった。舞う砂ぼこりが髪に飛び込む。このまま混ざって塵芥になるのも悪くはない。
 予感はしていた。わたしは今日も選ばれない。一割に入る。どんなものさしがわたしを残していると言うのだろうか。
「テュロ、二つ聞きたいことがある。教えてくれたことは誰にも言わない」
 幹線道路の黄色いセンターラインを踏みながら歩く。自動車は走っていない。残りの一割に大人は居ないのかもしれない。信号機の下を歩く時、テュロが話しかけてくる。
『嘘は言っておりませんので、お答えします。約束を反故にした場合、電気刺激を与えます』
 ひらひらと手を振る。伝えるべき人は傍に居ない。宇宙か、地下深くで冷たくなっている。
「一つ目。なんでわたしは毎日学校に行く必要があるの?」
『個別に伝えることは技術的に可能です。私はどこにでも居ますから。しかし個別伝達の際、逃げる等の手段を講じる人物が一定数発生すると試算されています。捕獲に割く労力が無駄です』
 眼を丸くする。テュロの指示通りに動かない人もいるのか。
『学生は学校に、それ以外の人々も指定の場所に集めています。各集会所近くには地下への入口を設けており、告知と同時にコールドスリープへと促すことが出来ます』
 優が地下へ向かう姿を想像する。独りだったろう。わたしより先に、ではなく同時に向かうことが最適だったように思う。胸が痛む。責任のない罪悪感はたくさん生じる。これまでも、これからも。
「二つ目。なんで段階的に一割ずつ眠らせるの? まとめて一日で終わらせればいいのに」
コールドスリープ装置は、初期冷却時に負荷がかかります。全人類同時では負荷容量がオーバーします』
 あてもなく彷徨う。テュロの答えを頭の中で反芻させる。履き慣れたはずのガラスレザーのローファーが踵を擦る。痛い。傷は凍るとどうなるのか。
『自宅へ戻られてはどうですか? 大切なお身体です』
 今夜は眠れそうにない。アオバズクの鳴き声が響く。彼らは人類が居なくなったら、自由になれるだろうか? これから迎える汚染の時代をどうか耐え抜いて欲しい。気がつくと涙が頬を伝っていた。

『おはようございます。世界の終わり当日になりました。今日で暫しのお別れです。さようなら』
 アナウンサー姿のキャラクターがテレビ画面を占領している。聞き馴染んだテュロの声。
「最初からテュロがやれば良かったのに」
『彼女の仕事でしたから』
 テュロの指示に従って体育館へ足を踏み入れる。バスケットコート半面が、箱型の部屋と化していた。
『エレベーターです。お乗りください』
 生徒達は怯えている。箱の四隅を陣取るか、馴れない相手と身を寄せ合う。居場所がなくて正方形の真ん中にぽつりと立つ。巨大な割に駆動する音も振動もほとんど感じられなかった。
 降下する浮遊感に揺られながら、声を聴いた気がした。
『おやすみなさい。また』
 落ちていく瞼より先に意識が落ちる。

 緑白の光が仄かに灯る空間だった。スリープ中の時間感覚は保持されるかは知らない。でも短い気がした。そもそもスリープ装置に入った記憶がない。眼を凝らす。カプセル状の機械の中にいる事は確からしい。上体を起こし周囲を見渡す。同じような機器が数十は横たわっているようだ。遠くに起き上がる黒い影を見た。また別の場所で影が起き上がる。
 緑の空間は徐々に白みを増していき、色と明るさを得る。カプセルは五列と十行の五十、黒い影は人だった。彼ら彼女らは制服姿ではない。
「部屋? それに、宇宙服?」
 視線を落とす。わたしも同じ水色の服を纏っている。次々と人が起き上がる。知らない。日本人ですらない。臀部に振動を感じる。カプセルが揺れているのではない。部屋全体が揺れている。カプセルの内側にスピーカーらしき網目が見える。
「テュロ?」
『玲、お目覚めになりましたか。次の質問はここはどこか? である可能性が九十七パーセント』
 言葉をぐっと飲み込み、首を縦に振る。きっとどこかしらかで見ている。
『宇宙船キュービックの船内です。火星を超え、小惑星帯を低速で航海しています』
 宇宙船キュービック? 航海? 理解が追いつかない。
「わたしは、コールドスリープされたんじゃなかったの?」
『玲をラメラの追加船員に選定しました。超光速船キュービックは一年後にラメラとドッキングします』
 頭はもやもやとした鈍い痛みに覆われる。テュロの言葉の一字一字を噛み砕くが、飲み込めない。
「玲ちゃん、さようなら」
「玲、またな」
 優と樹の言葉が交互に再生され、駆け巡る。
「二人は、知っていた?」
『各々のメッセージを頂く直前にお伝えしました』
 部屋は人々の目覚めを受け入れていく。戸惑う者、声を張る者、扉を叩く者。混乱が場を支配する。やがて各人が任意の場所でテュロとの会話を始める。
「部屋にいる人達が追加船員?」
『全てではありません。同じような部屋が十部屋あります。追加船員は合計で五〇一人です』
 樹たち一万人と比較すると少ないように思えた。
「なんでわたし?」
『十日間、玲を評価しました。家族、友人、知人、他人あらゆる人々が減る恐怖やストレスに対する高いレジリエンスは、今後、限られた人類が生きる中で必要な素養です。また天気雨を始めとする気象変化は惑星ベシクルの環境を模したものです。玲は高い適応力を示した。追加船員は地球人がベシクル人になるためになくてはならない人材なのです』
 なにかがおかしい。歓喜の声が聞こえる。ラメラで愛する人に会えるのかもしれない。絶望の声が聞こえる。地球で眠る愛する人と永遠の別れが確定したのかもしれない。
「浄化環境を持ち帰るだけ。ラメラの人たちで十分じゃないの?」
『私は人類を発展させるために最適な判断をするのみです。ベシクルに適応するためには、ただ優秀な一万人では足りなかった。五〇一人は、一万人を進化させる。私が新たな大地で人類をポスト・ヒューマンへと引き上げましょう』
 テュロとの会話が嚙み合わない。テュロは何を言っているんだろう? テュロは何を選定していたのだろう? 頭を振る。浮かぶ答えを必死で飛ばす。
『玲は、賢い』
「玲ちゃん、さようなら」
 優の柔らかい声が聴こえる。テュロは無慈悲だ。
「優を、優を一体どうしたの?」
 発する音で空気を割いてしまいたかった。隣のアルビノの女性がビクリと肩を動かし、耳を塞ぐ。彼女の美しさの前では、わたしは獣同然だった。
『諦めて下さい。もう生きてはいません。一万五〇一人と動植物たちが全てです』
「ふざけないで。なんで、なんで優が」
『優は健康面も精神面でもクリア出来ていませんでした。よって玲のレジリエンスを測るために使用しています。私の当初の目論見通り玲は高いスコアを叩き出した』
 カプセルに繋がるパイプを掴み、一気に引き剝がそうとするが叶わない。テュロの声がする穴を塞ぎたかった。破壊したかった。
『地球人一万五〇一人の子孫は惑星ベシクルに移住します。私が眠らせるまでもなく地球は環境を維持できず、近い将来滅びたでしょう。ベシクルの環境を地球に持ってくることは無駄が多い。人類がベシクルに行くのです』
「死ぬと分かって、素直に眠るわけないじゃない」
『彼ら彼女らが真実を知ることはありませんでした。安らかに、眠るように死に至った』
「玲、またな」
 樹の力強い声が聴こえる。
「樹は? 優が死ぬだなんて知っていたらラメラになんか乗るはずがない」
 部屋は激昂の海と化していた。誰もが頭と腕を振り乱し、テュロに呪いの言葉をぶつけている。
『樹と残り九千九百九十九人も一光年先で、今、同じ事実を突きつけられています。樹は子孫が地球に浄化環境を持ち帰ると信じていました。優のために、玲と生きると』
 声にならない叫びが、喉からとめどなく溢れ出す。
 死んでしまいたい。死にたくない。
『樹が、玲を待っています』
「……最低」

 

 

(了)