わくら屋

和倉稜の小説

スクランブル

 サラリーマンの背中を追う。彼はジグザクと角度を変えて歩いていく。コッ、コッ、コッ。革靴が等間隔のリズムでアスファルトを叩く。右、左、左、右、左、右、右。あっ。スーツ同士の肩がぶつかる。互いに動きを見誤ったのだろう。彼らは双子のようだった。何事も無かった様に単純な避けゲーを再開し、離れていった。

 踵を返す。

 女子高生二人を追う。彼女達は前を見ない。スマホを覗き、鏡を覗き、友人の顔を覗く。頑なに見ない。しかし泳ぐ様にゆるゆると流れ、ほぼ最短距離で反対側へ辿り着いていた。こっちの岸には仲間が三人いた。群れを大きくすると、先日オープンしたカフェの列に飲み込まれる。カフェの明るさと老朽化したビルのコントラストに居たたまれなくなった。

 踵を返す。

 蛍光イエローのジャケット、フードを浅く被り、眼にはサングラス。新鋭バンドの女性ベーシストだった。周りよりも僅かに歩くのが遅い。付ける私も当然遅い。背後から舌打ちが聞こえる。人々は私の背中で割れ、彼女の前で再び混ざり合う。目論見が外れたのだろう。美しい所作でサングラスを外す。彼女は左右を見て、次いで勢いよく後ろを向いた。口から飛び出る心臓をぐっと飲み込み、彼女の左を通り過ぎる。ちっ、と舌打ちが聞こえた気がした。彼女はとまり木ではなく、枯れ枝だった。

 踵を返す。

 私と風貌の似ている男が並び歩く。この二往復、彼も往復を繰り返していた。私と同じように片道ごとに変装のためのマスクを付け替えて。眼が合う。彼は肩を竦めると、歩を早め左手奥に消えていった。また会うだろう。

 午前八時から休憩を一時間挟んで午後五時までスクランブル交差点を往復し続けた。

「おつかれさん」

 封筒には日給が入っている。隣にはあの男がいる。やはり同じシフトだった。

 渋谷の文化保存の為にスクランブル交差点を歩くだけのアルバイト。足はパンパンに膨れ上がっていた。

 

(了)